5月に読んだ本をまとめました。
https://bookmeter.com/users/735516/summary
忙しいいそがしいと言ってる割には(実際に忙しかったのかどうかは当人としてはよくわからない)結構いろいろな本と触れ合うことができた気がします。
ちょっと記事としてさみしいのであとで何か書き足すかもしれません。
今月はヨガに挑戦してみたいと思いつつ実現するかどうかは未知数。
柔軟体操的なヨガもどきはすでに生活に取り入れているんですが、もう少しだけ本格的にやっていきたいです。
(追記)
さっき歩きながら思いついたことで、ちょっと過去記事に関して読み返してコメントしたり追記したりしていこうかと思います。
自分で何書いたか忘れてたり当時と今で結構心境や物の見方に変化があったりすることも多いので。
一晩寝かしてもいいアイディアだと思えたら暇なとき実行していこうかと。
註文の多い日記、といった感じでしょうか。
別にわざわざ読んでほしいということでもないんですが、備忘録も兼ねてここに記してみました。
2017年6月3日土曜日
2017年6月1日木曜日
TOEFL
唐突にTOEFLを受けなくてはならないかもしれないと思い至り、色々と対策を考えていたらこんな時間に。
基本的に朝型の生活をしていたのに昨日今日と夜更かししてしまっている。
整理したらすぐ寝よう。
考えたこと
・留学は魅力的だけど短期・長期ともに高い
年単位のものも数週間のものも、いずれにしても割高感は否めず。
数週間程度なら可能かとも思ったけど、仕事を休まないといけないし数週間で大学半年分くらい最低でもかかることを思うとそうそう簡単に行ける話でもないか。
そもそも留学しなければ達成できないメリットとは何なのかとか考え出すと実はあまりないという気もしてくる。(オンラインの利用、国内の外国人との交流などで多くは代替可能)
・TOEFLを受けるにあたって
基本的には受けなければいけないから受ける、受けなくていいなら受けない、といった程度のモチベーションしか湧いていないわけだけど、中途半端な気持で、留学したくてたまらないような人達が受ける類の試験を受けていい結果が出るか疑問。
何かいいモチベーションを見つけて短期間であれ本気で取り組まないと高い受験料がもったいない。
・英語力ー足りないものは何か
大学受験の頃から英語は得意で、いきなり受けたTOEICも予想外に高得点だった記憶があるけれど、その後英語力は伸び悩んで今に至っている気がする。
というのも、リソースの多くを他のこと(主に日本語の向上)に充ててきて、それが満足できるレベルになかなか達しなかったために英語その他の外国語が結果的に長らく疎かにされてしまった。
とは言えそれだけでなく、成長の壁のようなものを感じていたのも事実で、構文、文法、等々受験で必要な部分はかなりやったものの、考えてみると語彙力とかは推測等で適当に補ってごまかしていて単語の量が全然足りていなかった気もする。
ということで特徴的な英作文の対策と単語力強化にあと2週間くらい注力してみて、本当に受けるのかやめるのかもう一度考えてみることにする。
それまでロシア語とフランス語は少し休み。日本語は普通に使うけど。
あとラテン語は前にも少し触れた気がするけど、文法とか一からやるのはとりあえず諦めました。
さて5月は終わって6月。
梅雨入りはいつ頃でしょうか。
割といまマックスで忙しい気がしていますが、実はまだまだ時間にゆとりはあって、
精神的にもう少しタフになってこれからに備えていかないといけないところ。
今月からは公的にも私的にも徐々に忙しさが増していく予定。
健康第一で体調を崩さないように心がけていきたいと思います。
それではおやすみなさい。
(追記)
いろいろと考えた結果、TOEFLは受けないで済ますことになる公算が大きくなりました。
正直気分が乗らない、というのが根本にあって、あまり高得点が望めそうにないこと、提出が必要な大学院についても他の提出不要な大学院の方が望む学びが得やすそうに感じられてきたこと、等が主な理由。
TOEICないしTOEFLは英語学習のひとつの指標・目標(ある種の仮想敵)として非常に有益だと思うので、いずれ、秋ごろには受けられるように準備を進めていこうと思います。(その日程だと予定していた大学院への提出には間に合わない)
・単語帳を買いました
高校生をメインにターゲットにしていそうなものですが、2冊単語帳を買いました。
気分を一新して頑張ろうと思います。
昔NHKで講座を持っていた外大の投野先生の本です。チャンクで英単語、とかそんな本。
・文法書も買って読んでいます
西きょうじ「英文法の核」という本を買って読んでいます。わかりやすくためになる本で素晴らしいと思います。暗誦例文が500程載っているので、まずはそれを覚えることが課題。
・BSニュース、映画、ドラマなど
BSで気軽に世界のニュースが聞けるのは英語学習に本腰を入れてみるとなかなか有難い。
他に映画を原語で聴いたり海外ドラマを見たりもたまにしています。
・英語学習サイト
Italki・・・だっけ?
そんな名前のサイトが便利です。
他にはツイッターとかで英語で発信するのも恥をかきつついい勉強になるのだろうけど、まだちょっと敷居が高いのかできていない。
Youtubeの動画は色々とあって、英語に限らず勉強に役立ちますね。
基本的に朝型の生活をしていたのに昨日今日と夜更かししてしまっている。
整理したらすぐ寝よう。
考えたこと
・留学は魅力的だけど短期・長期ともに高い
年単位のものも数週間のものも、いずれにしても割高感は否めず。
数週間程度なら可能かとも思ったけど、仕事を休まないといけないし数週間で大学半年分くらい最低でもかかることを思うとそうそう簡単に行ける話でもないか。
そもそも留学しなければ達成できないメリットとは何なのかとか考え出すと実はあまりないという気もしてくる。(オンラインの利用、国内の外国人との交流などで多くは代替可能)
・TOEFLを受けるにあたって
基本的には受けなければいけないから受ける、受けなくていいなら受けない、といった程度のモチベーションしか湧いていないわけだけど、中途半端な気持で、留学したくてたまらないような人達が受ける類の試験を受けていい結果が出るか疑問。
何かいいモチベーションを見つけて短期間であれ本気で取り組まないと高い受験料がもったいない。
・英語力ー足りないものは何か
大学受験の頃から英語は得意で、いきなり受けたTOEICも予想外に高得点だった記憶があるけれど、その後英語力は伸び悩んで今に至っている気がする。
というのも、リソースの多くを他のこと(主に日本語の向上)に充ててきて、それが満足できるレベルになかなか達しなかったために英語その他の外国語が結果的に長らく疎かにされてしまった。
とは言えそれだけでなく、成長の壁のようなものを感じていたのも事実で、構文、文法、等々受験で必要な部分はかなりやったものの、考えてみると語彙力とかは推測等で適当に補ってごまかしていて単語の量が全然足りていなかった気もする。
ということで特徴的な英作文の対策と単語力強化にあと2週間くらい注力してみて、本当に受けるのかやめるのかもう一度考えてみることにする。
それまでロシア語とフランス語は少し休み。日本語は普通に使うけど。
あとラテン語は前にも少し触れた気がするけど、文法とか一からやるのはとりあえず諦めました。
さて5月は終わって6月。
梅雨入りはいつ頃でしょうか。
割といまマックスで忙しい気がしていますが、実はまだまだ時間にゆとりはあって、
精神的にもう少しタフになってこれからに備えていかないといけないところ。
今月からは公的にも私的にも徐々に忙しさが増していく予定。
健康第一で体調を崩さないように心がけていきたいと思います。
それではおやすみなさい。
(追記)
いろいろと考えた結果、TOEFLは受けないで済ますことになる公算が大きくなりました。
正直気分が乗らない、というのが根本にあって、あまり高得点が望めそうにないこと、提出が必要な大学院についても他の提出不要な大学院の方が望む学びが得やすそうに感じられてきたこと、等が主な理由。
TOEICないしTOEFLは英語学習のひとつの指標・目標(ある種の仮想敵)として非常に有益だと思うので、いずれ、秋ごろには受けられるように準備を進めていこうと思います。(その日程だと予定していた大学院への提出には間に合わない)
・単語帳を買いました
高校生をメインにターゲットにしていそうなものですが、2冊単語帳を買いました。
気分を一新して頑張ろうと思います。
昔NHKで講座を持っていた外大の投野先生の本です。チャンクで英単語、とかそんな本。
・文法書も買って読んでいます
西きょうじ「英文法の核」という本を買って読んでいます。わかりやすくためになる本で素晴らしいと思います。暗誦例文が500程載っているので、まずはそれを覚えることが課題。
・BSニュース、映画、ドラマなど
BSで気軽に世界のニュースが聞けるのは英語学習に本腰を入れてみるとなかなか有難い。
他に映画を原語で聴いたり海外ドラマを見たりもたまにしています。
・英語学習サイト
Italki・・・だっけ?
そんな名前のサイトが便利です。
他にはツイッターとかで英語で発信するのも恥をかきつついい勉強になるのだろうけど、まだちょっと敷居が高いのかできていない。
Youtubeの動画は色々とあって、英語に限らず勉強に役立ちますね。
(2017.6.9)
2017年5月31日水曜日
新生活日誌
いろいろと新しいことがあって、日々それに順応することに追われている。
人と関わると楽しかったり苦しかったり、色々な感情が芽生える。
自分を相対的にとらえ直す契機になって学びがある反面、リズムを崩されて立て直しに手間取ることも少なくない。
人と楽しく過ごすのは好きだけれど、基本的にはひとりか家族と過ごすのが落ち着く。
友達と会うにしてもまとめて数人と会うよりはひとりとじっくりと会って共に時を過ごしたい。
早く結婚したいと子供のころから思ってたけれど、現実にはそんな素振りも見受けられない。
たまに思い出したように縁結びの神様にお参りしてみるけれど、本音では子供は早くほしいけど結婚はまだいいかな、とか訳の分からないことを考えている。
最近なんだか内省的なことばかり書いている気がする。
忙しいからだろうか。
暇なときは何か精一杯やったことを並べ立ててみせて、忙しくなってくると日々の記録はさておき内面世界に籠る。
何だか変な気がするけれど、まさに偶成というか徒然なるままに現れてくる文字の羅列が何を表していくか、自分でもよくわかっていない部分があるので仕方がない、とよくわからない弁解をしてみる。
本格的に寝ぼけてきた気がするのでこの辺で筆を措く。
基本的に人生楽しく過ごしてるので上の文章が明るいのか暗いのか健康に見えるのか病んで見えるのかよくわからないけど、心配しないでください。
あと明日(今日)は朝が遅いのでそちらも同上。
そういえば最近、縄跳びとテニスの壁打ちを始めました。
そのうち腹筋と上半身を鍛える筋トレも始められたらと思ってるけど、トレーニングのためのトレーニングはあまり好きじゃないので始める前から長続きしない気がします。
何か自然に上半身と腹筋が引き締まるスポーツがあったら教えてください。
何だかどんどんとりとめのない話になってしまった。それではおやすみなさい。
人と関わると楽しかったり苦しかったり、色々な感情が芽生える。
自分を相対的にとらえ直す契機になって学びがある反面、リズムを崩されて立て直しに手間取ることも少なくない。
人と楽しく過ごすのは好きだけれど、基本的にはひとりか家族と過ごすのが落ち着く。
友達と会うにしてもまとめて数人と会うよりはひとりとじっくりと会って共に時を過ごしたい。
早く結婚したいと子供のころから思ってたけれど、現実にはそんな素振りも見受けられない。
たまに思い出したように縁結びの神様にお参りしてみるけれど、本音では子供は早くほしいけど結婚はまだいいかな、とか訳の分からないことを考えている。
最近なんだか内省的なことばかり書いている気がする。
忙しいからだろうか。
暇なときは何か精一杯やったことを並べ立ててみせて、忙しくなってくると日々の記録はさておき内面世界に籠る。
何だか変な気がするけれど、まさに偶成というか徒然なるままに現れてくる文字の羅列が何を表していくか、自分でもよくわかっていない部分があるので仕方がない、とよくわからない弁解をしてみる。
本格的に寝ぼけてきた気がするのでこの辺で筆を措く。
基本的に人生楽しく過ごしてるので上の文章が明るいのか暗いのか健康に見えるのか病んで見えるのかよくわからないけど、心配しないでください。
あと明日(今日)は朝が遅いのでそちらも同上。
そういえば最近、縄跳びとテニスの壁打ちを始めました。
そのうち腹筋と上半身を鍛える筋トレも始められたらと思ってるけど、トレーニングのためのトレーニングはあまり好きじゃないので始める前から長続きしない気がします。
何か自然に上半身と腹筋が引き締まるスポーツがあったら教えてください。
何だかどんどんとりとめのない話になってしまった。それではおやすみなさい。
2017年5月26日金曜日
自己紹介の註釈
某所にてプロフィル欄を少しいじってみました。
といっても今回は末尾に文を追加しただけです。
自己紹介文というのはそれほど滅多に描くものではない割に何かの拍子に加筆訂正されて消えて行ってしまう運命を辿ることが多いので、転載して時点での自画像を保存しておくこともたまにはいいのかな、と思って実行している次第。
どうせなので少し註釈的なものも付していこうと思います。
>ことばに自覚的でありたい。
元々この一文だけで済ませていたものを膨らませていったのが今の文章ということになります。
言葉ではなくことば、意識的その他ではなく自覚的という言葉、―になりたいではなく―でありたいとした表現、一応すべて意識的に選択したものです。
言葉は時に大きな力を持つ。プラスにもマイナスにも働きうるそうした力を、自らのことばについて自覚すること。
時に自分の意図を超えて人々に届き、受け止められ批判されることを認識した上で発信すること。
そうした自戒を込めた言葉です。
とは言え、配慮ばかりで八方美人的にことばを用いては人々の心に届く言葉はあらわれてこないし、自分にも言葉にも失礼な態度だと思います。
そういう訳で出来うる限り自分のこころに素直なことばで、それでいて人々のこころに適切に届くように、発信していけたらあらまほしきことだと思いつつ日々ことばと触れ合っています。
>読んだ本の気ままな記録と本好きの人々との交流の場として。
政治と法、経済のあたりの社会科学がメイン、サブ的にいろいろと興味を持って読んでいる感じです。
でも原点に立ち返ると、本当に関心があるのは人の心と社会や国のあり方だったはずで、社会科学はその道具のひとつだった気もします。
最近の興味は政治外交史と日本政治思想史が中心みたいです。
よろしくお願いします。
これは読書の記録サイトの自己紹介なのでこういう文になっています。
いつの間にか社会科学という曖昧な枠にとらわれていたこともあったけれど、元をただせば意味のないこだわりだったな、と反省しつつ書いた記憶があります。
広い意味では一貫性を持って本の数々を渉猟しているつもりですが、なかなかそのつながりを他人に理解されることがないのは自分の力不足をふくめて少し残念に思います。
>最後に思い入れのある著者/作品の名前を列挙しておきます。
似た興味の方いらっしゃったら仲良くしてくださるとうれしいです。
・漫画
ちはやふる 末次由紀
ドラえもん 藤子F不二雄
四月は君の嘘 新川直司
あさきゆめみし 大和和紀
・評論
小林秀雄、河上徹太郎、吉田健一、福田恒存、三島由紀夫
・学問
木庭顕(ローマ法)、苅部直(日本政治思想史)、坂本多加雄(日本政治思想史・日本政治外交史)、石川健治(憲法)、長岡亮介(数学)
・演劇
蜷川幸雄、山崎正和、福田恒存 他
*小説はいつの間にかほとんど読まなくなってしまいました。何か劇的に面白い小説に出会って価値観が揺さぶられることに期待…
こちらも読書記録サイトなのでこういう風になっています、と。
こちらはつい最近付け足しました。
よく読み登録している著者と自分が好きな・尊敬している著者が必ずしも一致していないことに気づいたのでそのずれを埋めるために置いたものです。
末尾に書いた通り、最近では現代小説を読むことはほとんどなくなってしまいました。
何か魂を揺さぶるような、圧倒的な小説との出会いがあるといいのですが。
と、少しは自らに深く迫る自己紹介になったのではないかと自負するのですが、いかがでしょう。
もっとも、どれだけの人が〈私〉に興味を持ってくれるかわからない部分もあって自己満足に過ぎないのかもしれません。
自分のことばの特色のひとつとして自覚しているもので、同じ言葉を連続して用いる一種のことばあそびを好むというものがあって、この3文だけで7回<自>という字を使っています。
以上、自己紹介とその註釈という名の自己紹介でした。
といっても今回は末尾に文を追加しただけです。
自己紹介文というのはそれほど滅多に描くものではない割に何かの拍子に加筆訂正されて消えて行ってしまう運命を辿ることが多いので、転載して時点での自画像を保存しておくこともたまにはいいのかな、と思って実行している次第。
どうせなので少し註釈的なものも付していこうと思います。
>ことばに自覚的でありたい。
元々この一文だけで済ませていたものを膨らませていったのが今の文章ということになります。
言葉ではなくことば、意識的その他ではなく自覚的という言葉、―になりたいではなく―でありたいとした表現、一応すべて意識的に選択したものです。
言葉は時に大きな力を持つ。プラスにもマイナスにも働きうるそうした力を、自らのことばについて自覚すること。
時に自分の意図を超えて人々に届き、受け止められ批判されることを認識した上で発信すること。
そうした自戒を込めた言葉です。
とは言え、配慮ばかりで八方美人的にことばを用いては人々の心に届く言葉はあらわれてこないし、自分にも言葉にも失礼な態度だと思います。
そういう訳で出来うる限り自分のこころに素直なことばで、それでいて人々のこころに適切に届くように、発信していけたらあらまほしきことだと思いつつ日々ことばと触れ合っています。
政治と法、経済のあたりの社会科学がメイン、サブ的にいろいろと興味を持って読んでいる感じです。
でも原点に立ち返ると、本当に関心があるのは人の心と社会や国のあり方だったはずで、社会科学はその道具のひとつだった気もします。
最近の興味は政治外交史と日本政治思想史が中心みたいです。
よろしくお願いします。
これは読書の記録サイトの自己紹介なのでこういう文になっています。
いつの間にか社会科学という曖昧な枠にとらわれていたこともあったけれど、元をただせば意味のないこだわりだったな、と反省しつつ書いた記憶があります。
広い意味では一貫性を持って本の数々を渉猟しているつもりですが、なかなかそのつながりを他人に理解されることがないのは自分の力不足をふくめて少し残念に思います。
>最後に思い入れのある著者/作品の名前を列挙しておきます。
似た興味の方いらっしゃったら仲良くしてくださるとうれしいです。
・漫画
ちはやふる 末次由紀
ドラえもん 藤子F不二雄
四月は君の嘘 新川直司
あさきゆめみし 大和和紀
・評論
小林秀雄、河上徹太郎、吉田健一、福田恒存、三島由紀夫
・学問
木庭顕(ローマ法)、苅部直(日本政治思想史)、坂本多加雄(日本政治思想史・日本政治外交史)、石川健治(憲法)、長岡亮介(数学)
・演劇
蜷川幸雄、山崎正和、福田恒存 他
*小説はいつの間にかほとんど読まなくなってしまいました。何か劇的に面白い小説に出会って価値観が揺さぶられることに期待…
こちらも読書記録サイトなのでこういう風になっています、と。
こちらはつい最近付け足しました。
よく読み登録している著者と自分が好きな・尊敬している著者が必ずしも一致していないことに気づいたのでそのずれを埋めるために置いたものです。
末尾に書いた通り、最近では現代小説を読むことはほとんどなくなってしまいました。
何か魂を揺さぶるような、圧倒的な小説との出会いがあるといいのですが。
と、少しは自らに深く迫る自己紹介になったのではないかと自負するのですが、いかがでしょう。
もっとも、どれだけの人が〈私〉に興味を持ってくれるかわからない部分もあって自己満足に過ぎないのかもしれません。
自分のことばの特色のひとつとして自覚しているもので、同じ言葉を連続して用いる一種のことばあそびを好むというものがあって、この3文だけで7回<自>という字を使っています。
以上、自己紹介とその註釈という名の自己紹介でした。
2017年5月24日水曜日
忙しい日々
珍しくあちこち出掛けて忙しい日々を送っている。
とは言え振返ってみれば、だいたいもっと忙しく過ごしていた時間の方が長かった気もする。
最近はほぼ毎日のように、これからの人生どうしようか、という類の重めのテーマを割と軽い気分で、でもだいたいいつも考えあぐねていることが多い。
何かいいことを閃いた!と思ったときはだいたい後から冷静に見ると論外だったりするので、結局光がなかなか見えない森の中の小径をさまよっているような状態が続く。
色々考えていると、やっぱり今までやってきた学びを何か直接的に仕事に結びつけることは難しい―実現可能性が高くない上に、今後の人生を想像してみて実現した際の幸福度を予測するとあまり芳しくない―という気がしてくる。
となると自然、何らかの方向転換ないし方針転換が必要になってきて、今はその方向性について一応出した結論について、本当にそれでいいのか、後で後悔しないか、他の選択肢で検討すべきものはどういうものがあるか、色々と洗い出していることになるかと思う。
そうした未来への投資と並行して今を生きていかないといけないので時間の使い方がなかなか難しい。
今のことだけに集中して未来のことを疎かにするのは危い。
未来のことばかり想像して今を疎かにすると未来への道を前に進めない。
難しい舵取り。バランス感覚が必要。
とりあえずは自分の感覚を信じて「充実感」とか「虫の知らせ」とかを頼りにベストな在り方を探っている感じ。
あまり論理的に考えて結論が決まるタイプの事柄でもないと思うので。
…こうして言葉にしてみると見えてくるものがあって有益な面もあるのだけれど、他人の目に留まるところでする作業ではなかった気もする。
「原敬日記」「土佐日記」「和泉式部日記」「紫式部日記」「牧野伸顕日記」など色々な日記文学・資料を読んで色々と得るものがあったので、もしかしたら読む人にも意味のある時間になるのかもしれないと一抹の期待を抱きつつ、今回はこのあたりで失礼しようと思います。
でもしばらくは単調増加でやることが増えていくことになりそうだなぁ。
本当に効率的な生活に努めないと虻蜂取らずになりそうで怖い。
とは言え振返ってみれば、だいたいもっと忙しく過ごしていた時間の方が長かった気もする。
最近はほぼ毎日のように、これからの人生どうしようか、という類の重めのテーマを割と軽い気分で、でもだいたいいつも考えあぐねていることが多い。
何かいいことを閃いた!と思ったときはだいたい後から冷静に見ると論外だったりするので、結局光がなかなか見えない森の中の小径をさまよっているような状態が続く。
色々考えていると、やっぱり今までやってきた学びを何か直接的に仕事に結びつけることは難しい―実現可能性が高くない上に、今後の人生を想像してみて実現した際の幸福度を予測するとあまり芳しくない―という気がしてくる。
となると自然、何らかの方向転換ないし方針転換が必要になってきて、今はその方向性について一応出した結論について、本当にそれでいいのか、後で後悔しないか、他の選択肢で検討すべきものはどういうものがあるか、色々と洗い出していることになるかと思う。
そうした未来への投資と並行して今を生きていかないといけないので時間の使い方がなかなか難しい。
今のことだけに集中して未来のことを疎かにするのは危い。
未来のことばかり想像して今を疎かにすると未来への道を前に進めない。
難しい舵取り。バランス感覚が必要。
とりあえずは自分の感覚を信じて「充実感」とか「虫の知らせ」とかを頼りにベストな在り方を探っている感じ。
あまり論理的に考えて結論が決まるタイプの事柄でもないと思うので。
…こうして言葉にしてみると見えてくるものがあって有益な面もあるのだけれど、他人の目に留まるところでする作業ではなかった気もする。
「原敬日記」「土佐日記」「和泉式部日記」「紫式部日記」「牧野伸顕日記」など色々な日記文学・資料を読んで色々と得るものがあったので、もしかしたら読む人にも意味のある時間になるのかもしれないと一抹の期待を抱きつつ、今回はこのあたりで失礼しようと思います。
でもしばらくは単調増加でやることが増えていくことになりそうだなぁ。
本当に効率的な生活に努めないと虻蜂取らずになりそうで怖い。
2017年5月19日金曜日
蜷川幸雄1周忌 ①ジュリアス・シーザー
蜷川幸雄演出のジュリアス・シーザーの舞台を近くの映画館で上映しているということで、せめてこの機会に見ておこうと思い行ってきました。
あまり演劇に詳しくないので何か言うのはちょっと怖いけど、気にせず感じたことを記録しておこうと思います。
万が一関係者の方の目に触れたとしても、妙なことを書いていても見逃してください。
もしあまりにも変なことを書いていたらコメント等で指摘していただければ訂正します。
さて。
・演劇とは声と歩き方の芸術だ
舞台が基本的に階段状になっていて、そこを人々が自由に歩いている場面から始まるのですが、その後も登場人物の歩き方がそれぞれ特徴的で、おそらく人格等と直結しているのだろうと思いながら見ていました。ブルータス役の阿部寛は静かに音を立てずに歩くのは慎重さと冷静さの表れで、対照的に吉田鋼太郎のキャシアスは音を立ててドタバタと歩く。もちろん他にも呼吸や立ち方、細かい仕草などいろいろと注目すべきことはあるのだろうけど、一番目立ったのは歩き方の個性でした。従者の少年がタッタッタッと軽やかに駆け上がっていく様は初々しくて可愛らしかった。
声に関しては異論はないだろうから特に説明しない。やはり同性よりも異性の綺麗な/迫力のある声の方が魅力的に響くような気がする。
・演説の魔力
ブルータスの演説後の空気をアントニーが美辞麗句を駆使しつつ巧妙な誘導で180度転換させてしまうのが有名なクライマックスで、そのシーンは流石に見事な出来だった。
その場面を引くことは出来ないので代わりにと言っては何だが、シーザーではなく蜷川幸雄の追悼演説(弔辞)を引いておく。
・男って…
シーザーは妻の懇願を聞かずに己を過信して、結果死の運命を辿ることになる。
ブルータスは妻の懇願に負けて計画を教えてしまった結果、秘密の重荷と夫への心配から妻は錯乱状態の中で死んでしまう。
古代ローマという時代背景もあり、女は基本的に従属的な立場に置かれているものの、(少なくとも当時の感覚からすればおそらく;シーザーの妻の心配は主に今であれば迷信に属するが当時の人々にとっては現実だったことは描写から明白)現実的な思考から夫を心配し諫めるのに対し、男は自分への信頼や理念的な発想からそれを退けてしまう。
結果として2人が仮に女に従っていれば、悲劇は生じなかっただろう。
しかしまた、そうした態度を取らないことこそ、悲劇の主人公たる要件だともいえる。
悲劇とは己の力を信じ、神をも恐れず勇敢に物事をなそうとしたものの力及ばずに悲しい結末を迎えた者たちの物語だと、どこかで聞いたような気がする。
そうして考えてみると、2人とも悲劇の主役たる資格を十分に有しているように思う。
ちなみに小者として描かれるキャシアスはブルータスにアントニーを殺せ、そうでなくても演説を許すなと、何度にもわたり忠告している。こうした現実的で慎重な態度こそ、キャシアスがこの劇の主役たりえない一番の理由かもしれない。キャシアスの疑い深く狡猾でありつつ粗暴で激しやすいというパーソナリティはやや奇異にも感じたが、考えてみると一般的な人間の男というのはそういうところのあるもので、むしろシーザーやアントニー、ブルータスの方が常人離れしているのかもしれない。
・ブルータス=オバマ?
なんとなく阿部寛の演じるブルータスが途中から、理念的な綺麗ごとばかり言って人気を博したアメリカ合衆国のオバマ前大統領と被って見えるようになった。別に彼を揶揄する意図はなかったと思うが元の公演が2014年10月ということで時期的には被っていて、もしかしたら演出家の頭の中にそうした対比もなくはなかったかもしれない。
・最後にひとこと
言葉の力をまざまざと見せつけられ、その素晴らしさと怖さの両面を体感した時間だったように思う。一時の高揚に過度に引きずられることなく、一歩引いた冷静な視点を忘れないことが大切だ――などと口にすることは容易だが、おそらく行うことは非常に難いのだろう。
アントニーの藤原竜也、本当にかっこよかったです。
万が一関係者の方の目に触れたとしても、妙なことを書いていても見逃してください。
もしあまりにも変なことを書いていたらコメント等で指摘していただければ訂正します。
さて。
・演劇とは声と歩き方の芸術だ
舞台が基本的に階段状になっていて、そこを人々が自由に歩いている場面から始まるのですが、その後も登場人物の歩き方がそれぞれ特徴的で、おそらく人格等と直結しているのだろうと思いながら見ていました。ブルータス役の阿部寛は静かに音を立てずに歩くのは慎重さと冷静さの表れで、対照的に吉田鋼太郎のキャシアスは音を立ててドタバタと歩く。もちろん他にも呼吸や立ち方、細かい仕草などいろいろと注目すべきことはあるのだろうけど、一番目立ったのは歩き方の個性でした。従者の少年がタッタッタッと軽やかに駆け上がっていく様は初々しくて可愛らしかった。
声に関しては異論はないだろうから特に説明しない。やはり同性よりも異性の綺麗な/迫力のある声の方が魅力的に響くような気がする。
・演説の魔力
ブルータスの演説後の空気をアントニーが美辞麗句を駆使しつつ巧妙な誘導で180度転換させてしまうのが有名なクライマックスで、そのシーンは流石に見事な出来だった。
その場面を引くことは出来ないので代わりにと言っては何だが、シーザーではなく蜷川幸雄の追悼演説(弔辞)を引いておく。
シーザーは妻の懇願を聞かずに己を過信して、結果死の運命を辿ることになる。
ブルータスは妻の懇願に負けて計画を教えてしまった結果、秘密の重荷と夫への心配から妻は錯乱状態の中で死んでしまう。
古代ローマという時代背景もあり、女は基本的に従属的な立場に置かれているものの、(少なくとも当時の感覚からすればおそらく;シーザーの妻の心配は主に今であれば迷信に属するが当時の人々にとっては現実だったことは描写から明白)現実的な思考から夫を心配し諫めるのに対し、男は自分への信頼や理念的な発想からそれを退けてしまう。
結果として2人が仮に女に従っていれば、悲劇は生じなかっただろう。
しかしまた、そうした態度を取らないことこそ、悲劇の主人公たる要件だともいえる。
悲劇とは己の力を信じ、神をも恐れず勇敢に物事をなそうとしたものの力及ばずに悲しい結末を迎えた者たちの物語だと、どこかで聞いたような気がする。
そうして考えてみると、2人とも悲劇の主役たる資格を十分に有しているように思う。
ちなみに小者として描かれるキャシアスはブルータスにアントニーを殺せ、そうでなくても演説を許すなと、何度にもわたり忠告している。こうした現実的で慎重な態度こそ、キャシアスがこの劇の主役たりえない一番の理由かもしれない。キャシアスの疑い深く狡猾でありつつ粗暴で激しやすいというパーソナリティはやや奇異にも感じたが、考えてみると一般的な人間の男というのはそういうところのあるもので、むしろシーザーやアントニー、ブルータスの方が常人離れしているのかもしれない。
・ブルータス=オバマ?
なんとなく阿部寛の演じるブルータスが途中から、理念的な綺麗ごとばかり言って人気を博したアメリカ合衆国のオバマ前大統領と被って見えるようになった。別に彼を揶揄する意図はなかったと思うが元の公演が2014年10月ということで時期的には被っていて、もしかしたら演出家の頭の中にそうした対比もなくはなかったかもしれない。
・最後にひとこと
言葉の力をまざまざと見せつけられ、その素晴らしさと怖さの両面を体感した時間だったように思う。一時の高揚に過度に引きずられることなく、一歩引いた冷静な視点を忘れないことが大切だ――などと口にすることは容易だが、おそらく行うことは非常に難いのだろう。
アントニーの藤原竜也、本当にかっこよかったです。
2017年5月15日月曜日
最近思うこと。―映画 ダ・ヴィンチ・コードを聴きながら
一応<あなた>の眼を気にして書いているとは言っても、だいたい独り言のようなことしか言わないのであまり他人の眼を意識していると言えないかもしれない。
それとは別に毎度だいたい頭の中をリフレッシュしていて、と書けば聞こえがいいが前に何を言ったかほとんど忘れた状態で綴ることが多いのであまり整合性も取れていないかもしれない。
とはいえそのときどきの気持ちに嘘はない形で言葉を積もらせていっているので、総体として読んでもらえればあるいは<わたし>という人間のありかたが解読できるものになっているのかもしれない。
さて。
最近思うこと。
・同時代の優れた、あるいは気が合う人と出来るだけたくさん交流/交友を持つにはどうしたらいいのかと考えることがある。
人は孤独で生きていけない、とはよく言われることだが、数だけ揃えればどんな相手でもいいという訳ではない気がする。自分の評価軸において優れていると思える人物、尊敬できる人物、一緒にいて気が休まり互いに励まし合えるような人物と関係を深めたいものだと思う。
・渡部昇一氏が亡くなって。何だかいつまでも仙人みたいに生き続けていきそうな人も、やっぱり死ぬんだなと思った。尊敬する演出家の蜷川幸雄も昨年亡くなった。
平川祐弘とか山崎正和とか高齢で存命の優れた方々は結構多くて、たぶんほとんどの人とは実際に会って話をしたりする機会はもうないと思うけれど、何か同時代をこうして生きているからこそできることはないのかと思う。たとえば著書の感想を丁寧に綴って手紙を送ってみるとか。
・マクロン仏大統領は39歳だという。自分とはだいたい10年くらい歳が離れていて、10年という差をどう捉えればいいのか実は自分の歳だとまだよくわかっていないところがある。
第一印象はやや軽薄な感じがしてあまりよくなかったけれど、聞こえてくる評判はそう悪くない様子。政治家としての力量はおのずと知れてくるだろうが、それはそれとして自分は10年後、どのような人格で何をなしているのか、何が出来るのかと思わされる。自分も政治家になりたいわけではないが政治に関心を抱く者として、また同時代を10年差で走る者として、フランスの大統領に40歳前の人物が就くということはとても大きい意味を持つように感じる。
・未承認国家について
2014年頃の法学教室に慶応SFCの廣瀬陽子氏によるロシアのクリミア編入に関する記事が載っていて、なかなかよくまとまっていて面白かったので著者の本を何冊か読んでみた。
NHKから出ている未承認国家についての本が面白かった。
よく世界には~ヵ国あって、という話をするとき、国連加盟国を「ひとつの指標として」用いるけれど、北朝鮮や台湾といった身近な国(あるいは地域)を考えただけでもそれが相対的なものにすぎないことがわかる。
そして旧ソ連やアフリカなど世界各地には「未承認国家」という国家と認めるべきかどうか問題になっている主体があり、その存在は無視しえないという話。
古くは日本と満洲国の関係もこの括りに入るのだろう。
・哲学と数学、思想史と数学
理系の人が書いた文系的な話題の本と言うのはなかなか興味深いことが多い。
本の感想は基本的に別所にすべて記しているのでここでは書名等に触れないが、数学者の書いた経済や思想史に関する記述や哲学者と数学者の対話など、ここ数日で触れた文章に強い知的刺激を味わった。
・海外で活躍している若手研究者というのは想像以上に多いのかもしれない
若手、というのは本当に若い、30前後の人とか。大学の同期でも少なくとも一人、同じ学部から海外で研究職に就いた人がいる。例外的なものかと思っていたけれど、特に経済系を中心に予想以上に多くの人が海外で活躍されている様子。頭脳流出を嘆くべきなのか優秀な人が世界(と言いつつ大体アメリカという気もする)における日本のプレゼンスを高めてくれていると称賛するべきなのか、個人の選択として素直に受け入れるべきなのかわからないが、単純な感想としてはそれだけ高い能力を発揮し努力を怠らず狭き門を潜り抜けて第一線で活躍する同世代や先輩たちは素晴らしいと思うし羨ましい。とはいえ自分はその波には乗り損ねてしまったので、自分の<位置>を慎重に見極めてふさわしい役割を演じていきたい。
・人生は長いような短いような
祖母が少し体調を崩した。元気な人でもう快方に向かっているが、年齢が年齢だけに色々と考えてしまうこともある。翻って自分のことを考えてみても、人生がせいぜい100年だと仮定して歳を経るごとに1年の価値/(主観的)長さが減じていくものだとすると、たぶんもう人生の体感的な時間としては過半に達してしまったのではないかと思う。また、時計的な時間においても普通に生きて3分の1は過ぎたことになりそうだ。
人生の意味はきっと人それぞれで、誰もが納得するような人生の意味などないのだろうと考えるに至ったのがひとつの成長なのかもしれないが、これから先の人生、何を学んで何をしてどう生きていくのか。色々な本を読んだり散歩というにはやや負荷の高い運動をしたり音楽と触れ合ったりしつつ考えていることが多い。どうせ結論など出ないだろうと、最善は脇に置いてとりあえず次善に向けて行動していこうと考えているあたり、やはり少し大人になったのかもしれない。そういう訳で、今は体力向上と健康増進、言語習得といった人生の基礎固め的なところに力を注いでいる。
相変わらずとりとめのない話題でタイトルに困るが、とりあえずここで筆を置くことにする。
それとは別に毎度だいたい頭の中をリフレッシュしていて、と書けば聞こえがいいが前に何を言ったかほとんど忘れた状態で綴ることが多いのであまり整合性も取れていないかもしれない。
とはいえそのときどきの気持ちに嘘はない形で言葉を積もらせていっているので、総体として読んでもらえればあるいは<わたし>という人間のありかたが解読できるものになっているのかもしれない。
さて。
最近思うこと。
・同時代の優れた、あるいは気が合う人と出来るだけたくさん交流/交友を持つにはどうしたらいいのかと考えることがある。
人は孤独で生きていけない、とはよく言われることだが、数だけ揃えればどんな相手でもいいという訳ではない気がする。自分の評価軸において優れていると思える人物、尊敬できる人物、一緒にいて気が休まり互いに励まし合えるような人物と関係を深めたいものだと思う。
・渡部昇一氏が亡くなって。何だかいつまでも仙人みたいに生き続けていきそうな人も、やっぱり死ぬんだなと思った。尊敬する演出家の蜷川幸雄も昨年亡くなった。
平川祐弘とか山崎正和とか高齢で存命の優れた方々は結構多くて、たぶんほとんどの人とは実際に会って話をしたりする機会はもうないと思うけれど、何か同時代をこうして生きているからこそできることはないのかと思う。たとえば著書の感想を丁寧に綴って手紙を送ってみるとか。
・マクロン仏大統領は39歳だという。自分とはだいたい10年くらい歳が離れていて、10年という差をどう捉えればいいのか実は自分の歳だとまだよくわかっていないところがある。
第一印象はやや軽薄な感じがしてあまりよくなかったけれど、聞こえてくる評判はそう悪くない様子。政治家としての力量はおのずと知れてくるだろうが、それはそれとして自分は10年後、どのような人格で何をなしているのか、何が出来るのかと思わされる。自分も政治家になりたいわけではないが政治に関心を抱く者として、また同時代を10年差で走る者として、フランスの大統領に40歳前の人物が就くということはとても大きい意味を持つように感じる。
・未承認国家について
2014年頃の法学教室に慶応SFCの廣瀬陽子氏によるロシアのクリミア編入に関する記事が載っていて、なかなかよくまとまっていて面白かったので著者の本を何冊か読んでみた。
NHKから出ている未承認国家についての本が面白かった。
よく世界には~ヵ国あって、という話をするとき、国連加盟国を「ひとつの指標として」用いるけれど、北朝鮮や台湾といった身近な国(あるいは地域)を考えただけでもそれが相対的なものにすぎないことがわかる。
そして旧ソ連やアフリカなど世界各地には「未承認国家」という国家と認めるべきかどうか問題になっている主体があり、その存在は無視しえないという話。
古くは日本と満洲国の関係もこの括りに入るのだろう。
・哲学と数学、思想史と数学
理系の人が書いた文系的な話題の本と言うのはなかなか興味深いことが多い。
本の感想は基本的に別所にすべて記しているのでここでは書名等に触れないが、数学者の書いた経済や思想史に関する記述や哲学者と数学者の対話など、ここ数日で触れた文章に強い知的刺激を味わった。
・海外で活躍している若手研究者というのは想像以上に多いのかもしれない
若手、というのは本当に若い、30前後の人とか。大学の同期でも少なくとも一人、同じ学部から海外で研究職に就いた人がいる。例外的なものかと思っていたけれど、特に経済系を中心に予想以上に多くの人が海外で活躍されている様子。頭脳流出を嘆くべきなのか優秀な人が世界(と言いつつ大体アメリカという気もする)における日本のプレゼンスを高めてくれていると称賛するべきなのか、個人の選択として素直に受け入れるべきなのかわからないが、単純な感想としてはそれだけ高い能力を発揮し努力を怠らず狭き門を潜り抜けて第一線で活躍する同世代や先輩たちは素晴らしいと思うし羨ましい。とはいえ自分はその波には乗り損ねてしまったので、自分の<位置>を慎重に見極めてふさわしい役割を演じていきたい。
・人生は長いような短いような
祖母が少し体調を崩した。元気な人でもう快方に向かっているが、年齢が年齢だけに色々と考えてしまうこともある。翻って自分のことを考えてみても、人生がせいぜい100年だと仮定して歳を経るごとに1年の価値/(主観的)長さが減じていくものだとすると、たぶんもう人生の体感的な時間としては過半に達してしまったのではないかと思う。また、時計的な時間においても普通に生きて3分の1は過ぎたことになりそうだ。
人生の意味はきっと人それぞれで、誰もが納得するような人生の意味などないのだろうと考えるに至ったのがひとつの成長なのかもしれないが、これから先の人生、何を学んで何をしてどう生きていくのか。色々な本を読んだり散歩というにはやや負荷の高い運動をしたり音楽と触れ合ったりしつつ考えていることが多い。どうせ結論など出ないだろうと、最善は脇に置いてとりあえず次善に向けて行動していこうと考えているあたり、やはり少し大人になったのかもしれない。そういう訳で、今は体力向上と健康増進、言語習得といった人生の基礎固め的なところに力を注いでいる。
相変わらずとりとめのない話題でタイトルに困るが、とりあえずここで筆を置くことにする。
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