2017年2月10日金曜日

小説

小説とは何か。
読み手としての小説と書き手としての小説にはかなりの乖離があるように思える。
評論や詩歌では書き手と読み手に求められる要素に然程の違いはなく、優れた読み手は即ち優れた書き手たる素養を持ち、その逆も然りと言えそうに思う。
しかし、小説に関してはどうも、優れた小説家が優れた小説読者とも限らないし、小説の優れた読み手が即ち小説家になる素養を持っていると言えるかというと必ずしもそうとも言い難いのではないかという気がする。
それはセンスや感性という曖昧な言葉で誤魔化される類のものではなく、構築力、世界の創造者たる意思の有無ではないか。
小説家は次々と新しい世界を自らの手によって作り出して創造主として世界を操る義務を負う。
創造主は自由気ままな一方で、時に非情な決断を迫られる。
そうした責任を楽しめるか苦痛に感じるか、苦痛だとしてそれを乗り越えられるか嫌になってしまうのか。
そうした創造主としての諸々の素質を兼ね備えた者が初めて小説家としてのスタートを切ることができる。
そしてその後、凡庸な小説家となるか優れた小説家として認められるか、真の戦いが始まる。
小説家というのはこうして見ると随分と大変な仕事だと思う。

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