2017年2月19日日曜日

アイドルG

アイドルという日本語は色々な意味を持ち、ゆるやかな広がりを持つ。
というのは過去から現在に至るまで、様々な形のアイドルがアイドルという名のもとに幅広い活動をしてきたからなのだが、秋元康プロデュースのアイドルグループは最早ひとりひとりをアイドルと呼ぶべきなのかよくわからないレベルで集団化してしまった。

AKB48は元々、クラスにいる程度の女の子による会いに行けるアイドルというコンセプトで始まった。
そこで重視されるのはファンとの生の交流で、そうなると当然、人数は多ければ多い方がいいということになる。
その流れで、次第に洗練化してテレビやCDを主戦場に移した彼女らが依然として大人数で勝負しているのも半ば必然という部分がある。

次にAKBの公式ライバルとして登場した乃木坂46は、コンセプトは知らないが世間的なイメージとしては、AKBが賑やか元気わいわいといった若さ、パワー、熱気を重視するのに対してお嬢様感、上品さや清楚さを志向するチームとして認識されているのではないかと思う。
乃木坂に関して言うと、後発ということもあってAKB以上に洗練されシステム化されたグループという印象があり、握手会などはやっているものの、劇場での生の交流という要素は最初から存在しない。
とすると必ずしも大人数であることは必然とは言えないようだが、AKBのライバルという位置づけのためか、いくらでもメンバーを使い捨てに出来るという大人の側の事情からかわからないが、大所帯での活動となった。
この時点で秋元康グループのアイデンティティに大所帯というものが決定的に組み込まれたように思う。
しかし、大人数がおしとやかに踊り歌うというのはややもすると個性が発揮にしにくい。
実際、AKBよりも人数が少ない割に顔が覚えにくいという声もあった。
結成5年を経て、新メンバーを適宜迎えつつトップグループに登りつめたという噂もあるが、これから世代交代が次々に進むことを思うと未来は決して安泰とは言えない。

基本的に秋元康にはつんくその他のプロデューサーに比しても自分のアイドルへの愛を感じない。
商品として売って売れなくなる前に次の商品を開拓して売りさばいていくといった印象がある。
山口百恵や同時代のアイドルが周りの大人たちに愛され厳しくも優しく育てられた様子と対照的にも見える。
部外者からはわからない魅力があるのかもしれないが欅坂のナチス風?制服騒動を見ても彼の言葉には彼の作る詞の魅力の欠片もなく、失望しかなかった。

欅坂は乃木坂の妹分として2015年8月に集められ、2016年春にデビューすると1stシングルのサイレントマジョリティがいきなりヒット、2nd、3rdと順調に売り上げを伸ばし、年末の紅白にも出場を果たした。
1期生が色々あって21人、2期生合せて32人での活動となった。
欅坂は当初からの計画とも思えないが、最年少の平手を圧倒的センターとして、彼女をいかに全員で引き立てていくかというスタイルにアイデンティティを見出した。
ここでのポイントは圧倒的センターと、それをメンバー全員で支えるという2つの部分で、AKBや乃木坂とは異なりこれまでのところ、メンバーを選抜して1軍・2軍に分けることで競争を煽るという戦略はとっていない。
ポジションや歌割といった部分での競争は維持した一方でメンバーなのに一緒に歌えない・踊れないという断絶をなくした点で画期的というか、秋元グループ以外のアイドルグループでは一般的な戦略に戻ったというか、ともかく秋元グループとして見ればやや異色の戦略であることは間違いない。
基本的には21人(20人)の1期生全員でのパフォーマンスをメインにこれまでやってきたことになるが、これは他の大所帯グループと比べてもパフォーマンスメンバーとしては多い。
これを可能にしたのが世界的ダンサーとして知られるTAKAHIROの全体として1つの物語性を帯びた振り付けだろう。
衣装に関してもユダヤ人団体から抗議を受けるなどの問題もあったが、世界観を象徴するような印象的な服を毎度用意していて力の入れようがわかる。
ある意味選抜メンバーとも言えるカップリングのソロ~5人程度のメンバーで歌う曲のクオリティもかなり高く、秋元グループの中でも一番恵まれた環境にあるのは間違いないだろう。

何書いてるのかわからなくなってきたのでこの辺で。
秋元康はそろそろ人間の女の子には飽きてきたようで次は二次元の世界に進出するらしい。
彼のことは信用しないし尊敬もしないけれど、その才能と才覚にはいつも驚かされるので、これからもフロントランナーとして時空を股にかけて駆け抜けていっていただきたい。
おわり

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