2017年2月22日水曜日

石原吉郎詩集

シベリア抑留を生涯詠い続けたと言われる詩人、石原吉郎。

「位置」
しずかな肩には
声だけがならぶのでない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である

「風と結婚式」
ぼくらは 高原から
ぼくらの夏へ帰って来たが
死は こののちにも
ぼくらをおもい
つづけるだろう
ぼくらは 風に
自由だったが
儀式はこののちにも
ぼくらにまとい
つづけるだろう
忘れてはいけないのだ
どこかで ぼくらが
厳粛だったことを
あかるい儀式の窓では
樹木が 風に
もだえており
街路で そのとき犬が
打たれていた
古い巨きな
時計台のま下までも
風は 未来へ
聞くものだ!
ぼくらは にぎやかに
街路をまがり
黒い未来へ
唐突に匂って行く

「三つのあとがき」

「もしあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない。」
これは、私の友人が強制収容所で取り調べを受けたさいの、取調官に対する彼の最後の発言である。その後彼は死に、その言葉だけが重苦しく私のなかに残った。この言葉は挑発でも、抗議でもない。ありのままの事実の承認である。そして私が詩を書くようになってからも、この言葉は私の中で生き続け、やがて「敵」という、不可解な発想を私に生んだ。私たちはおそらく、対峙が始まるや否や、その一方が自動的に人間でなくなるようなそしてその選別が全くの偶然であるような、そのような関係が不断に再生産される一種の日常性ともいうべきものの中に今も生きている。そして私を唐突に詩へ駆立てたものは、まさにこのような日常性であったということができる。

0 件のコメント:

コメントを投稿